2026/10/25
10月25日は「民間航空記念日」 空の旅が日常になるまで

こんにちは。
東広島市の尊心オフィスです。
10月25日は、
「民間航空記念日」
です。
1951年10月25日、
日本航空が、
東京―大阪―福岡を結ぶ国内定期便の運航を始めました。
これが、
戦後初の国内民間航空営業のスタートです。
戦後、日本人は自由に空を飛べなかった
今では、
飛行機で東京へ行く。
北海道へ行く。
沖縄へ行く。
そんな移動も珍しくありません。
でも、
終戦直後の日本では、
民間航空の活動そのものが制限されていました。
日本航空が設立されたのは、
1951年8月1日。
その約3か月後の10月25日、
ようやく国内民間航空が再スタートします。
最初の飛行機も、パイロットも「自前」ではなかった
ここが少し意外です。
最初の定期便に使われたのは、
マーチン2-0-2型機。
しかも日本航空は、
当時まだ自社の飛行機も、
自社のパイロットも持っていませんでした。
そのため、
ノースウエスト航空から機体を借り、
運航も委託していました。
つまり、
戦後の日本の民間航空は、
本当にゼロに近いところから再出発したわけです。
東京から大阪、そして福岡へ
1951年10月25日の第一便は、
東京の羽田から大阪の伊丹を経由し、
福岡の板付へ向かいました。
当時は、
今のようなジェット機ではありません。
プロペラ機です。
翌1952年になると、
日本航空は自社のDC-4型機を導入し、
自主運航を開始します。
そして1954年には、
東京からホノルルを経由してサンフランシスコへ向かう、
国際線も始まりました。
戦後の国内線再開から、
わずか数年で、
日本の翼は再び海外へ向かったんですね。
当時の飛行機は、今とはかなり違った
1952年に自主運航を始めたDC-4型機は、
現在の旅客機とはかなり違います。
機内には与圧設備がなく、
空調もありませんでした。
夏場は暑かったため、
機内に扇風機まで取り付けられていたそうです。
今では、
機内の温度も調整され、
高速で静かなジェット機に乗り、
数時間で国内の主要都市を移動できます。
わずか70年余りで、
空の旅は大きく変わりました。
「特別な旅」から「日常の移動」へ
昔、
飛行機に乗ることは、
今よりずっと特別なことでした。
それが、
航空路線の拡大、
ジェット機の普及、
空港整備、
そしてLCCなどの登場によって、
空の旅は少しずつ身近になっていきました。
出張。
旅行。
帰省。
今では、
飛行機は私たちの日常の移動手段の一つです。
でも、
その始まりをたどってみると、
戦後、
飛行機もパイロットも自前では持てないところから、
日本の民間航空は再出発していました。
10月25日は、
「民間航空記念日」。
空を飛ぶことが、
特別な出来事から、
日常の一部になるまで。
その歴史を少し振り返ってみると、
いつもの飛行機の見え方も、
少し変わるかもしれませんね。
参考
尊心オフィスからのお知らせ
尊心オフィスでは、現在8:00〜12:00を中心に、
手相鑑定・オンラインカウンセリングに対応しています。
手相鑑定は、
西条駅前の西条ルームで対面にて行っています。
カウンセリングは、
Zoom・LINEを利用したオンラインで対応しています。
定休日は火曜日です。
ご予約は、公式LINEまたはホームページから受け付けています。
手相鑑定は、現地払い・事前決済に対応。
オンラインカウンセリングは、事前決済となります。
詳しい料金・空き状況・ご予約については、予約ページをご確認ください。
広島県東広島市の尊心オフィスでは、
手相鑑定とオンラインカウンセリングを行っています。
「少し話を聞いてほしい」
「自分のことを整理したい」
「手相を見てもらいたい」
そんな時に、気軽にご利用いただける場所でありたいと思っています。
ご相談・ご予約は、公式LINEまたはホームページからどうぞ。



