2026/10/08
栗は昔、主食だった時代がある

こんにちは。
東広島市の尊心オフィスです。
秋になると食べたくなるもののひとつ。
栗。
栗ごはん。
焼き栗。
モンブラン。
今では完全に「秋の味覚」という感じですが、
実は栗、
昔の日本では、
かなり重要な食べ物でした。
しかも、ただのおやつではありません。
縄文時代の人たちにとっては、
生活を支えるほど大切な食料だったと考えられています。
縄文時代というと、
狩りをして、
魚を捕って、
木の実を拾って生活していた。
そんなイメージがありますよね。
もちろん間違いではありません。
実際に縄文時代の人々は、
魚や貝、
シカやイノシシ、
そしてさまざまな植物を食べていました。
その中でも重要だったのが、
栗やクルミなどの木の実です。
世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の公式サイトでも、
栗やクルミなどは縄文人にとって重要な食料だったと紹介されています。
特に栗は、
アク抜きがほとんど必要なく、そのまま食べやすい。
しかも、
保存もしやすい。
今と違ってスーパーも冷蔵庫もない時代です。
長く保存できる食べ物というのは、
ものすごくありがたかったはずです。
さらに面白いのが、
青森県の三内丸山遺跡です。
ここでは栗に関係するものが数多く見つかっています。
栗は食べるだけでなく、
建物の柱や杭、
道具、
燃料などにも使われていました。
つまり縄文人にとって栗は、
食料にもなり、家にもなり、道具にもなる。
かなり万能です(笑)。
三内丸山遺跡は、
約5500~4000年前に栄えた大規模な縄文集落だったことが分かっています。
そして、縄文時代の食生活を見ると、
栗やクルミなどの木の実は、かなり大きな割合を占めていたと考えられています。世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の公式サイトでも、栗は重要な食料であり、保存にも向いていたことが紹介されています。
今では、
「今年も栗の季節だね」
と言いながら楽しむ秋の味覚。
でも数千年前の人にとっては、
季節のお楽しみというより、生活を支える大事な食料。
そう考えると、
栗を見る目もちょっと変わってきますね。
栗ごはんを食べながら、
「縄文人も栗を食べていたんだな」
なんて考えるのも、
秋らしくていいかもしれません。
参考サイト
縄文時代の食生活や栗について紹介されています。
三内丸山遺跡の概要や出土品について確認できます。
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